父が泊まっていた1週間は、大部分は平穏に過ぎていった。


普段、犬たちだけで留守番する時は必ずケージに入れてるんだけど、人間が一人でもいる場合、ケージに入れっぱなしだと「出して!」「出してー!」と騒ぐ恐れがあるので、父は日中犬たちが走り回る部屋で過ごさなくてはならなかった。もう毎日毎日、家族以外には懐かないこまが吠えるんじゃないかとか、体の自由がきかない父が犬たちになめられて苦労するんじゃないかとか、鈴蘭がコードとか壁とか齧ってやしないだろうかとか、とにかく心配で仕方なかったが、帰宅してから話を聞くと、父と犬たちは適度に無視しあって平和に過ごしていたようだった。あぁよかった、何とか無事に同居生活を終えられそうだ、明日はいよいよ父が自宅に帰るぞ、という日になって問題は起きた。鈴蘭とナイトが、父の持病の薬を誤飲してしまったんである。


最初、父から「犬が吐いてる」とい連絡を受けた時は、念のため自宅に向かいつつも「ま、よくある一時的な嘔吐だろうな」と思っていたがとんでもない。吐瀉物の様子が今まで見たことがない感じで、部屋中に胃液を吐いたと思われる痕跡が残っている。そして床に薬が落ちているのを見て、一気にと血の気が引いた。


急いで病院に連れて行ったが、それまで元気だった鈴蘭の眼がみるみるうちにうつろになっていく。助手席にくくりつけたキャリーバッグの中で、つぶらな虚ろな眼を天井に向け、あどけない顔で何度もゴブゴブと吐く。マジで冗談じゃない事態になるかもしれないという事実がどこか実感できず、ラジオから首相辞意表明のニュースが盛んに流れてくるのが妙に耳につく。一方で、焦りながら病院にたどり着き、犬たちの緊急入院が決まって帰宅するまでの事はあんまりよく覚えていない。


誤飲したのはどれだけの量だったのかとか複数ある薬のどれを飲んだのかはっきりしなかったので、どれだけのダメージがでるのかはっきりせず、不安な夜を過ごしたが、ホントに幸いな事に、翌朝面会した犬たちはすっかり元気を取り戻し、夕方には2頭とも退院することができた。さすがに帰宅した日はプロレスする元気もなかったようで、仰向けだの白目剥きだの思い思いの格好でグッスリだったけれど、その次の日は朝から元気全開、いつもと変わりない騒々しさで走り回っていた。


体の動かない年寄りと犬たちを一緒にするのは一歩間違えば取り返しがつかない事故を招く事になる事がほとほと身にしみた。今後再び親を預かることがあっても、犬たちは自宅に置くまい。「ペットホテルはお金がかかる」とか「1週間も預けるのはかわいそう」だとか言っても、今回の入院では4万円以上もかかった上、預けるよりもよっぽどかわいそうな目にあわせてしまった。


大したことのない結果で終わって本当によかった。これ以外の言葉が見つからない。ホントにほんとに本当によかった。