ナイト君、犬生最悪の日

日曜日、帰宅してから犬たちをシャンプーした時も月曜日の朝も、ナイトに変わった様子は見られなかった。競技会の時のようなおかしな歩き方もしていなかった。が、月曜日の21時頃に仕事を終えて帰宅した時には、ナイトは右前足をかばうような仕草で、あきらかなびっこを引いていた。触ってみるとかなり痛がる。そうか、これが日曜日のおかしな歩き方と座りたがらなかった原因か!もしかして骨でも折れてんのか?とりあえず病院だ!

痛いの。
早速かかりつけの病院に駆け込み、明るい診察台の上できちんと補ていして見ると、右前足の内側の指が真っ赤に腫れあがっているのがはっきり判る。熟したトマトのようで、見ているこちらが痛くなってくる位の腫れあがりかた。だけど前日は普通にシャンプーできたし、1日のうちに急に腫れあがったんだろう。前日のうちに病院に行っていればもっとましだったかもしれないけれど。

うまく撮れないけど、毛の間が真っ赤になっているのが見えるだろうか。
小さな傷からばい菌が入り込んで化膿したんだろう、との診断。注射を打って抗生剤を処方され、その日はそれで終わりだった。


が、火曜日の朝になってみると、多少はましになってるかという期待とはうらはらに、明らかに前夜よりも痛そうにしている。心配しつつも薬を飲ませてそのまま出勤し、帰宅してみるとさらにさらに痛そうにしている。もう完全に3本足で歩いている状態だし、自分からクレートにもぐってしまうし、動きも鈍い。再び急いで病院に駆け込むことになった。


その日は主治医の先生が不在だったが、当番の先生に電話で指示を出して下さっていた。化膿が酷いようなので患部に直接抗生物質を注射するのがいいだろう、という診断だった。


破裂寸前のトマトのように腫れあがっている指に注射をするなんて、想像するまでも無くどれだけ痛いことか。だけど、ここまで化膿してしまってるからには仕方ないんだろう。それまで補ていしていた私に代わり、男性の看護師さんがナイトをしっかりと抱きかかえた。そして先生が、傷口の洗浄、注射をする。


ナイトは絶叫した。必死に身をよじり、かっと見開いた目をまっすぐに私に向け、「助けて!助けて!」と喉が裂けるほどに声を振り絞った。治療だから痛いだろうけど我慢してもらうしかない、と割り切っていたつもりだったが、本当に耳をふさぎたくなるほどの悲鳴だった。細い針を刺しただけなのに、腫れあがった指からは血がだらだらと流れ出す。血の匂いがはっきり感じられるほどで、恐怖のあまりにナイトが大量のウンコを漏らしていたにもかかわらず、そっちの匂いには気づかないくらいだった。


ナイトにしてみれば殺されるにも等しい恐怖だったろう。後から知ったが、人間に対しても「指先に対する拷問」というのはとても効果的なんだそうだ。ようやく処置が終わったナイトは看護師さんに抱えられたまましっぽを必死に振っている。助けて欲しくて一生懸命なんだろう。本当に、どれだけ怖かったことか。よくがんばったね、ナイト君。


先生にお礼とウンコのお詫びを言って、完膚なきまでに凹んだナイトを連れて診察室を出ると、待合室にずらりと並んだ診察待ちの人たちが静まり返って私を見ていた。一体何の惨劇が繰り広げられていたのかというほどの断末魔の悲鳴が響き渡っていたんだから、皆さん呆気にとられるのも不思議ではない。

くすん。
帰宅してからのナイト君は暗い隅っこにうずくまって、時々鼻を鳴らしたり喉の奥で声を漏らしたりしている。傷が痛むのか、記憶がよみがえるのか。この日ばかりはあまりに不憫で、ケージじゃなくて、ベッドの傍に毛布を敷き詰め、そこで寝かせてあげた。